選考委員紹介



ご挨拶
 日本映画批評家大賞は、第24回を迎えることができました。これもひとえに映画業界にかかわる皆様方のご支援の賜物と感謝しております。
 世界に映画賞は多く存在しますが、たとえばアメリカのアカデミー賞のように、映画業界全体で盛り上げようとする賞が多数を占めております。三大国際映画賞と言われるカンヌ、ベルリン、ベネチア国際映画祭であっても、各賞を決定する国際審査員たちは、プロデューサー、映画監督、俳優、映画祭キュレーターなどがほとんどです。私は一昨年まで米アカデミー賞の外国語映画部門日本代表選定委員を委嘱されておりましたが、長年にわたり委員の中で映画の評論家は故・品田雄吉さんと二人しかおりませんでした。アメリカのアカデミー協会からは、できるだけ多く現業のスタッフを審査員に入れるようお達しがあり、審査会は監督、プロデューサー、脚本家、撮影監督など現場のほとんどを占めておりました。
 それでは映画評論家の出番はないのか、と申しますと、そんなことはありません。パリにはFIPRESCI(国際映画批評家連盟)の本部があり、主だった国際映画祭では国際映画批評家連盟賞が審査員選定の各賞とは別個に贈られます。私は一昨年12月に南インドのケララで行われた国際映画祭に審査員として派遣されました。またアメリカにはNY、LA、シカゴなど大都市ごとに映画批評家賞がございます。お隣の韓国にも韓国映画評論家協会賞があり、私は三年前にソウルで行われた授賞式にお招きいただきました。
 日本映画批評家大賞につきましては、水野晴郎先生たちが、だれにも気兼ねなく映画評論家同士が賞を選び、それによって日本映画を励まし、刺激を与えたいという気持ちから立ち上げられたのだと思います。その志を受け継ぎ、受賞者並びに関係各位に、日本映画批評家大賞の受賞を喜びとともに励ましと受け取っていただけますよう、われわれ委員は粉骨砕身する覚悟でございます。
 なにとぞ今後も映画批評家大賞を温かく見守っていただけるよう心からお願い申し上げます。
日本映画批評家大賞 選考委員代表
野島孝一
選考委員代表
野島孝一
Koichi Nojima
1941年生まれ。東京都出身。1964年上智大学新聞科卒業、毎日新聞入社。
岡山支局、京都支局、東京本社社会部を経て学芸部映画担当編集委員。
2001年定年退社、フリーの映画ジャーナリストに。
昭和女子大学非常勤講師(映画史)、日本映画ペンクラブ会員、毎日映画コンクール選定委員、米アカデミー賞外国語映画賞日本代表選定委員。
著書に「映画の現場に逢いたくて」(現代書館)ほか。
実写部門 選考委員
福田千秋
Chiaki Fukuda
1937年東京生まれ。立教大学経済学部卒業。日本ビクター入社後、宣伝部を経て学芸部に配属され、「小津安二郎の世界」「木下恵介の世界」「七人の侍・羅生門」「犬神家の一族」等映画ものを多数制作。他に落語、漫才等の演芸ものを手がけ、「上方お噺子集」で芸術祭賞を受賞。83年からはビデオソフト事業部で映像制作プロデューサーとして活躍、ビデオディスク・マガジン「ムービーズ」ではアヴイック・ビデオ・アワードを受賞。映画部に異動後は『ハート・ブルー』『マルコムX』等の作品を担当する。ビクター退社後は、フリーランサーとしてDVDの買い付け、宣伝アドバイザー、書籍、イベントの企画のほか、スクリーン、キネマ旬報、この映画がすごい、文芸春秋、週刊文春、週刊新潮等への執筆、ラジオ番組の構成・出演等を担当している。日本映画ペンクラブ会員。
平山允
Makoto Hirayama
1935年東京生まれ。早稲田大学第一政経学部卒業後、東京放送(TBS)にアナウンサーとして入社。芸能番組、ニュース、スポーツアナとして活躍。とくにラジオの深夜番組「パックイン・ミュージック」では秘密結社「TBSシネクラブ」シャチョーとして、映画情報コーナーを長年担当。その間、「ロードショー」などの雑誌等で映画評を執筆する傍ら、「毎日映画コンクール」の司会と選定委員を25年以上にわたって務める。TBS退社後もTBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」の映画コーナーの他FMラジオなどの映画番組を担当して現在に至る。数少ない映画試写状のコレクター。過去50年で集めた枚数は15000枚と、日本一(?)を誇っている。日本映画ペンクラブ会員。
島敏光
Toshimitsu Shima
1949622日、ジャズ・シンガー笈田敏夫の長男として鎌倉に生まれる。高校時代にどっぷりと映画にハマり、年間200300本の映画を鑑賞。プログラムのコレクションにも精を出す。1969年ニッポン放送でDJとしてデビュー。司会、ナレーション等を続ける傍ら、テレビの映画情報番組の構成を手がけ、新聞、雑誌等で映画評論を続ける。‘92年に伯父である故黒澤明監督の日常をつづった「黒澤明のいる風景」を上梓。その後も「ビートでジャンプ」「永遠のJポップ」「映画で甦る黄金のオールディーズ」「六本木ケントス物語」「黒澤明59の言葉」等、映画や音楽をテーマにした話題作を続々と発表する。現在は日本経済新聞(夕刊)の「音楽と映画の素敵な関係」というコラムを担当している。
国弘よう子
Yoko Kunihiro
FM東京のクラシック番組「音楽の森」のパーソナリティとして、山本直純氏、立川澄人氏や、羽田健太郎氏とコンビを組んで好評を博した(14年間)。
テレビ・ラジオ以外に雑誌に寄稿するなどライターとしても活動している。淀川長治氏の番組などに参加し、直に数多くの話を聞くチャンスを得て、影響もうけている。
現在、クラシックの司会、映画評論、コンサートの構成などに加え、東京中日スポーツ「シネマ・プロムナード」「淀川長治映画の世界 名作DVDコレクション」などにも寄稿している。
日本映画ペンクラブ会員。
津島令子
Reiko Tsushima
秋田県出身。特技は空手と殺陣。鶴見大学英米文学科卒業後、女優活動のかたわらテレビレポ一夕ー、映画解説などを手掛ける。
出演ドラマには「水戸黄門」「大岡越前」「はぐれ刑事」「はみだし刑事」「金澤能登殺人周遊」など。 テレビ出演には、テレビ朝日「スターアルバム」フジテレビ「おはよう!ナイスデイ」TBS「モーニEye」「ブロードキャスター」「報道特集」、ほかにTBSラジオ「生島ヒロシの情報一直線」東京中日スポーツ新聞・映画紹介&インタビュー等多数。
日本映画ペンクラブ会員、ヨコハマ映画祭選考委員。
垣井道弘
Michihiro Kakii
1946年、広島県三原市生まれ。明治大学文学部卒業。 週刊誌「女性自身」の記者時代に映画ページを担当し、もともと好きだった映画の魅力にとりつかれる。80年代からキネマ旬報、スクリーン、ロードショーや新聞、週刊誌、月刊誌で撮影現場のルポ、インタビュー記事、作品批評を数多く手がける。
黒澤明監督、深作欣二監督、今村昌平監督の撮影現場も密着取材した。
主な著書に「MISHIMA」(飛鳥新社)、「今村昌平の製作現場」(講談社)、「ハリウッドの日本人/映画に現れた日米文化摩擦」(文藝春秋)、「緒形拳を追いかけて」(ぴあ)などがある。
アニメーション部門 選考委員
川崎由紀夫
Yukio Kawasaki
1987年慶應義塾大学経済学部卒業、テレビ東京入社。
報道局配属で「ワールドビジネスサテライト」キャスター、大蔵省担当、ニューヨーク特派員を歴任。
その後、編成局、ネットワーク局を経て、海外ライセンスビジネスの世界へ。
「遊☆戯☆王」「NARUTO - ナルト- 」「BLEACH」他を世界中に広める中、インターネットの違法視聴問題の解決策の一つとして、米クランチロールと提携、世界に向けたネットビジネスを軌道に乗せた。
アニメ局アニメ事業部参事、アニメ局アニメ事業部長を経て、2011年7月よりテレビ東京アニメ局局長。
後藤広喜
Hiroki Goto
昭和20年生れ、山形県鶴岡市出身。
東京教育大(筑波大)卒。集英社に入社して「週刊少年ジャンプ」編集部に配属。
昭和61年から7年半、「週刊少年ジャンプ」黄金期の編集長として采配を振るう。
在任中の最高発行部数は643万部で、二年後のギネスブック公認記録(現在も破られていない653万部)の基礎を築く。
集英社取締役を経て、関連会社の創美社代表を務め67歳で退社した。
「少年ジャンプ」を創生期より知り、今の少年マンガブームを作ったひとりである。
氷川竜介
Ryusuke Hikawa
昭和33年生まれ、兵庫県姫路市出身。
東京工業大学卒業、富士通に入社。2001年富士通を退社後、評論家として活動。
国内外でアニメーションの公的活動に関わる他、テレビ・ラジオへの出演、講演等も多数。現在、明治大学大学院の客員教授他、他大学の講師も兼任。
「世紀末アニメ熱論」(キネマ旬報社)、「アニメ新世紀 王道秘伝書」(徳間書店)、「フィルムとしてのガンダム」(太田出版)等の著作物多数。日本のアニメビジネスについて集計から傾向などを解説するアニメ産業レポート(日本動画協会)も執筆する。
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