「目は口ほどにものを言う」。感情のこもった目は、セリフと同等に、時にそれ以上に気持ちを訴えかけてくる、観客を釘付けにする。しかし、その“目”という表現を奪われたら、俳優はどう演じるのだろうか——。その問いの答えが、『愚か者の身分』にある。
主人公タクヤを演じた北村匠海は、これまで数多くの作品に出演し、ラブストーリー、コメディ、アクション、青春活劇……どのジャンルにおいても、その目には多彩な感情が波打ち、幾度となく観客を引き込んできた。その目を、今作では封印した。主演でありながらも、登場シーンの約半分において、目はもちろん顔の半分を隠すという難役に挑んだ。
映画の後半、北村の顔は常に包帯やサングラスで覆われている。物理的に目の演技が封じられているが、それでも喜怒哀楽が力強く伝わってくる。覆われたその先で、タクヤはどんな眼差しなのか容易に想像できてしまうのは、前半での演技が観客の脳裏に焼きついているからだ。通常の北村の演技を100とするなら、前半は200、いや300、それ以上の技術が求められ、それこそが、本作における北村の本当の意味での挑戦だったのではないか。
冒頭、最初にスクリーンに映し出されるのは、橋の上からマモル(林裕太)を見つめる、とても温かい視線だった。最後、梶谷(綾野剛)と向かい合うシーンのタクヤの目は覆われているが、冒頭以上に温かい眼差しを観客は想像できてしまう。これが北村の演技の凄さなのだと思い知らされる、決定的なシーンでもある。
今、北村は20代の俳優の最前線を走り、無敵ともいえる才能とポジションを手にしている。にもかかわらず、手にしたものを手放し、それまでのイメージを削ぎ落とし、自身のなかにスペースを作って、また新しく創り上げる、それを繰り返している。だからこそ、タクヤという役に命を吹き込むことができた。
演技において、完璧はないと重々承知しているが、それでもタクヤを演じた北村の演技は完璧だった。
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