映像に対する効果が分かり易い編集と、その効果が分かり難い編集とがある。例えば、ブラッド・ピット主演の『F1®/エフワン』は、5000時間もの膨大な撮影素材を2時間35分にまとめ、カットの切り替えが早い編集によって作品のリズムが生み出された“効果の分かり易い編集”だった。そういう意味で『旅と日々』の編集は、長回しの映像が多く、一見するとOKカットを繋いだだけのようにも見えるため、その効果が分かり難い部類の編集に属する。しかし、その技術は素晴らしいのだ。
音楽と同じように映画にもリズムとテンポが存在する。映画におけるリズムは、先述の『F1®』のように編集によって生み出せるが、テンポは撮影現場でしか生み出せない。それは、テンポなるものが既に撮影素材へ刻まれているからにほかならない。<ジャンプ・カット>のような例外はあるものの、基本的には撮影された素材に刻まれたテンポを礎にしながら、リズムを生み出すのが編集だといえる。
フィルムでの撮影を好む三宅唱監督は、『旅と日々』で久しぶりにデジタルでの撮影を実践。その特性を活かして、テイクを重ねながら様々な長回しのショットを撮影したと述懐している。例えば、河合優実が画面の奥から手前まで歩いてくるような長回し。デジタルではハードディスクの容量が尽きるまで撮影が可能なため、撮影素材のカット頭やカット尻に余裕を持たせているのだ。
その余韻の部分を絶妙に調整した編集点と編集点とが、本作のリズムを生み出し、あたかも原作であるつげ義春の漫画を読んでいる時と同じようなリズム感覚を導くのである。また本作は、2つの短編漫画を1本にしたような構成の作品なのだが、実際には「海辺の叙景」にあたるエピソードが、「ほんやら洞のべんさん」にあたるエピソード内の劇中劇であると判るような仕掛けになっている。上映されている映画の中に佇む河合優実から、その姿を観ているシム・ウンギョンの姿に切り替わるタイミング。あの魔法のような刹那が、編集によって生み出されたものであることに対する異論はないだろう。
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