(水野晴郎賞)
彼こそまさに名付けようのないマルチプレイヤー。
俳優としては、そこにいるだけで、100点満点。ミスター存在感。おそらく田中泯が初めて映画関係者の目に留まったのは、山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』に違いない。清兵衛の敵役としてデビューした時は、すでに57歳。多くの観客が「一体、この人は何者?」と首をひねったことだろう。彼は山梨県で農業を営み、「場踊り」という土地のエネルギーを表現する、いわゆる前衛ダンサーであることが次第に分かってくる。
デビュー作で様々な賞に輝いたにも拘わらず、山田洋次監督は「芝居は決して上手くない」と語っている。それでも『隠し剣 鬼の爪』で再びキャスティング。そうなるとこの「上手くない」は最大の褒め言葉のようにも聞こえてくる。一方、話題の『国宝』での演技は「上手い」の一言。人間国宝の老いた歌舞伎役者に扮し、不気味で美しい鬼気迫る演技を披露してくれる。
旬の俳優の踊る姿はアップが多い中、田中泯に限ってはヒキの画が多用されている。それだけ全体像が行き届いているという証しだ。ジャンルが共通しているといえど、歌舞伎と前衛ダンスとでは、演歌とフリージャズほど違うはずなのに、その完成度には度肝を抜かれる。若き歌舞伎役者への「歌舞伎が憎くてたまらないのね。それでも舞台に立つのがあたしたち役者」という矛盾を孕んだセリフにも説得力が溢れている。歌舞伎にうるさい人に言わせると、モデルになったのは「女形の神様」と呼ばれた六代目中村歌右衛門で、話し方から仕草までかなり精密になぞっているという。知らず知らずのうちに歌舞伎役者の了見までコピーしていたのだろう。
ドキュメンタリー映画『名付けようのない踊り』では泥臭さとオシャレが共存する奇妙な踊りを見せ、今年公開されたばかりの『黒の牛』も高い評価を受けている。芸能の世界に新たな一石を投じたその存在は極めて重要と言える。
授賞式典