日本映画批評家大賞第30回受賞作品

批評家コメント

　2020年の作品賞は大森立嗣監督による『星の子』である。コロナ禍とはいえ１年を振り返ってみれば、骨太の作品や話題作も多数あった。しかし、私は自信を持ってこの『星の子』が今年の顔であると言いたい。これぞ日本映画というべき作品である。
　日本映画の歴史のなかで様々に描かれてきた家族の絆。大森監督はちひろという一人の少女の心のゆらぎを丁寧に掬い上げ、ちひろとその家族を通して「信じるとは何か」、そして「家族の形とは何か」を、この作品で改めて我々に問いかけてくれた。

　原作は独特な作風で注目を集める芥川賞作家の今村夏子。大森監督は原作の世界観とテーマを崩すことなく見事に映画というメディアに昇華した。もともと自身による脚本によって映像化する力は抜きん出て素晴らしい。しかし本作に関しては、監督の力量を特に感じさせてくれるものだった。
　「新興宗教に傾倒していく一家」という、映画ではタブーともいえる題材にも関わらず、監督が脚色した家族それぞれの役所を演者たちが十分に理解し、またその演技を監督がさらに引き出す相乗効果で、この作品は大きく深みを増したのではないだろうか。

　大森監督は「ちひろ」そのものを描きたかったという。新興宗教に心酔する両親に愛されて育ってきたが、あることをきっかけに自分の価値観というものに目覚め始める15歳の女の子。この難しい役を主演の芦田愛菜は背伸びすることなく見事に演じた。的確な読解力とそれを表現する力。ちひろを演じるにあたり長い髪をバッサリと切った彼女から、一人の女優が成長していく姿を見せてもらった。
　また、ちひろの家族を演じた役者たちの演技も実に素晴らしく、この家族の行末を私も見守りたいと思ったほどだ。

　15歳のちひろは成長する。家族のそれぞれもまた成長していく。『星の子』はきっと5年後、10年後に観たら全然違う映画にみえるだろう。20歳になったちひろ。母親になったちひろ。そこに置かれたそれぞれの立場に響く映画はなかなか無い。
　寒い星空を家族三人で肩を寄せ眺めるラストシーン。ここに作り手の思いが伝わってくる。「あなたの信じるものは何ですか？」そんな問いかけに耳を澄ませてみてほしい。（川村蘭太）

批評家コメント

　すでにして大ベテランである中村梅雀。主演男優賞受賞は遅きに失したか。
　幼少期から伝統演劇に明るく、長じては大学時代にシェイクスピア、モリエール、ブレヒトなどの古典、西欧演劇はじめ、田中千禾夫、安部公房などの現代劇、前衛演劇にも接する。　
　その芸域は時代劇から現代物まで、存在感のある主演として、また味わい深い定評あるバイプレーヤーとして武芸百般の趣がある。本人いわく、冗談だろうが、大学在校中はもっぱら隣の校舎（小澤征爾を生んだ音大）でベースを弾いていたという。実力派のベーシストとしてソロアルバムもある。

　映画出演作品としては『釣りバカ日誌』（松竹）シリーズの草森秘書室長。『学校Ⅳ』（00・松竹）の黒井先生。『たそがれ清兵衛』（02・山田洋次監督）の寺内権兵衛。『おかえり、はやぶさ』（12・本木克英監督）の増沢室長などなど、そのすべてを上げることはできない。『坂道のアポロン』（18・三木孝浩監督）の迎勉役では自家薬籠中のベース演奏を披露した。

　映画『山中静夫氏の尊厳死』（村橋明郎監督）は終末期の患者と担当医の葛藤を描いて秀逸だ。本作の原作は南木佳士の同名小説であり執筆に当たっては、「ここから目をそらしては前を向けない、と覚悟を決めて書き進めた」と、あるコラムで書いている問題作だ。
　担当医は、毎日、死を前にした患者と対面していて、次第に自らの精神のバランスを崩してしまう。自分自身がウツ病患者になってしまうのだ。そんな医師の前に現れたのが、少しばかり飄々とした雰囲気をただよわせる山中静夫（中村梅雀）という初老の男性。肺がんがすでに骨と肝臓にも転移して余命いくばくもない。
　彼は生まれ故郷の信州で最期を迎えたいと思い、この病院にやってきたのだ。人生の最期に臨み、死を真正面から見据え、粛々として対峙する彼の態度に医師のウツ病も少しずつ癒されるのだった。明日にも死ぬかもしれないというのに、淡々として、その事実を受け入れる山中静夫の悟りの境地ともいえる感慨が、演技の端々によく表れている。
　この設定に対して、梅雀以外の配役は考えられなかったことだろう。この悠揚迫らざる中村梅雀の演技が受賞の対象となった。　　（山口正介）

批評家コメント

　涼やかな顔立ち、ナチュラルな演技。演劇の世界にサラリと自然体で舞い込んで来たような印象を与えるが、実はなかなかの苦労人。
　映画好きが高じて、18歳で福井県から上京。小劇団で芝居を続けるも芽が出ず、アルバイトに明け暮れていたが、バイト先の録音スタジオにあった喫茶店でたまたま北野武を見かけ、トイレまで追いかけて自分を売り込む。このやぶれかぶれの行動が功を奏して『ソナチネ』(93・北野武監督)で小さな役を獲得。20代後半でようやく映画デビューを果たす。
　それが転機となり徐々に出演の機会を増やし、30歳を超えた頃にようやくアルバイト生活からも解放され、次第に頭角を現すようになる。『模倣犯』(02・森田芳光監督)ではブルーリボン賞助演男優賞を受賞。今やなくてはならない日本の名優の一人に数えられるようになった。

　そしてこの『山中静夫氏の尊厳死』（村橋明郎監督）に辿り着く。物語の主人公は、余命わずかと宣言され、故郷の信州を終焉の地に選んだ男（中村梅雀）と、あまりにも多くの死に立ち会い、心と身体がむしばまれていく医師（津田寛治）の二人。
ストーリーの進行につれ、彼らの表情、体型、皮膚の色合いまでが見る見る変化していく。メーク、衣装等のスタッフによる力もあるだろうが、すさまじい役者魂の賜物と言える。
　津田の登場の時に見せる患者に寄りそう医師の持つ柔和な眼差し。優しさを内に秘めた声にまず驚かされる。さらに死を看取る重圧に耐えかね、うつ病となり、肌の艶を失い、痩せ細っていく姿は、まさに命がけの演技と呼ぶに相応しい。中村梅雀、津田寛治はお互いを挑発し、奮い立たせ、素晴らしい化学反応を起こし、重苦しい素材を、深刻なだけではなく、スリリングでさわやかな作品に仕上げている。

　様々なドラマの中では、２番手、３番手という役柄の多かった津田ではあるが、この作品では主演の一人という重責を見事に担っている。
　この後もまた新たな主演作が進行中と聞く。ますますの活躍を期待したい。　　（島敏光）

批評家コメント

　選考過程では素晴らしい演技をみせた実力派の女優数人が候補にのぼった。しかし、大九明子監督の『私をくいとめて』で快調な演技をみせ、達者な表現者としての位置を確立したのんが、本年度最も女優としての魅力を開花させていたのではないだろうか。

　のんは、明るい性格のみならずシリアスな場面にもこれまで挑戦してきた。彼女は常に難しい演技に挑戦する。今にして思えば歴史的な傑作テレビ・ドラマ「あまちゃん」（13・NHK)においては、アイドル・タレントになりたいのだが、どうも上手くいかないアイドル志望者を演じた。つまり「未熟な演技を演じる演技者以前の少女を完璧に演じる」という複雑な演技的ハンデを負いながら、それをやりとげていたのだ。
　その後も『ホットロード』（14・三木孝浩監督）、『海月姫』（14・川村泰祐監督）で主役を務め、またアニメ映画『この世界の片隅に』（16・片渕須直監督）では声優としても独特の存在感を示している。

　本作『私をくいとめて』のみつ子役も少し現実離れした難しい役所だったはずだ。脳内に相談役の「A」という存在を誕生させ、自分の頭の中でその別人格（しかも性別が違う）と対話するという、通常はあり得ない状況の中でも、彼女は演劇的なセンスで見事に芝居を成立させていた。
　もしかしたら、若い可憐な娘とか、陰がある美少女というような簡単な設定よりも、物語の中でキャラクターがアンビバレンツな情動を見せるような役作りに本領を発揮するタイプなのかもしれない。また、本作の中でみせる軽やかな身のこなしからは、単に特徴的な忘れがたい台詞回しというだけではなく、パントマイム的な所作にも並々ならぬ才能があることをみせている。

　最近は音楽をはじめ、様々なアートシーンでも活躍。この希有な演技者が今後、どのような飛躍を遂げるか、楽しみというほかはない。　　（山口正介）

批評家コメント

　とてつもない怪物のような傑作長編原作を、見事な絞り込みで描ききった『罪の声』（土井裕泰監督）。昭和の日暮れに起きた大事件、グリコ・森永事件をモチーフに、「もし、あの事件の犯人グループに、子どもが巻き込まれていたとしたら」という仮定をもとにしたミステリーだ。
　原作では、事件の主犯格の息子とされる主人公と、未解決事件の記事を担当する記者の二人が、事件そのものを追うプロット。だが、映画化にあたっては無実の子どもが、後に強制的に事件に関わったことを知ったことの影響をとことんまでつきつめ、練り上げられている。となると、重要になるのは、犯人の子どもたち。主演の星野源が演じた俊也はもちろんだが、もう一人の脅迫電話の声の主である生島姉弟はさらに重い役どころとなった。

　その生島姉弟の弟・聡一郎の現代パートを演じたのが宇野祥平だ。出演作を挙げたらきりがないほど多数の作品で脇役を務めてきた彼だが、今作での彼は主演を食い殺してしまうほどの存在感。共演者ですら驚いたというルックスの作り込みは、まさに子どもの頃に償いきれない過去を背負った、死んだ目を持つ男だ。
　国際金融犯罪大作の一面も持つド派手な前半と打って変わって、彼が登場してからの後半部はガラリと様子が違う。正直いって、彼の存在なくしては、『罪の声』は高評価を浴びる作品にはならなかっただろうといえるほどのキーパーソンだ。

　だが、小栗旬と星野源のW主演に加え、脇を固めるベテラン勢の豪華さゆえか、他の映画賞では宇野祥平が過小評価されているといわざるをえない扱い。これにはガッカリさせられた。もちろん彼にではなく、現在の日本映画を評する業界にだ。だからこそ、我々の賞で大いに彼の功績を讃えて、今後ますますの活躍を願いたい。昨年の出演映画だけでも10作品以上、今年は公開中と公開待機作を含めて7作品。まだ観ぬたくさんの顔を観せてくれることに期待をしたい。　　（よしひろまさみち）

批評家コメント

　直木賞受賞作家・辻村深月のヒューマンミステリー小説を、『殯の森』（07）、『あん』（15）の河瀬直美監督が映画化した『朝が来る』。

　永作博美、井浦新演じる子供に恵まれなかった夫婦は特別養子縁組で息子を育て、幸せな生活を送っていた。ある日、産みの親・ひかりを名乗る女性から「子どもを返してほしい。それが駄目ならお金をください」と電話がかかってくる。夫婦の前に現れたのは、6年前に会ったひかりの面影が無く…。

　特別養子縁組制度を通して、出会った佐都子とひかり。子供を望む女性と、妊娠によって生活が一変してしまった女性。その2人をつなぐのが、養子縁組のNPO団体の代表である静恵。浅田美代子が演じている。

　『あん』に続き、河瀬作品二度目の重要な役どころを演じている浅田。もはや説明がいらないほど、様々な作品で活躍している実力派女優であるが、本作での眼差し、表情、表現力は目を見張るものがある。
　河瀬監督のドキュメンタリーの様な人物の描き方、空気感もあいまって、本当に団体の代表をしている様に見えていた。浅田美代子が静恵を演じている、のでは無くて、本当にNPO代表の静恵という人が存在しているかの様な自然すぎる演技なのである。

　産みの親・ひかりを名乗る女性は本当にひかりなのか？その目的は何なのか？謎が解明されていくミステリーの側面を持ちながら、「人が親になるということ」「家族とは何なのか」という壮大なテーマを丁寧に真摯に描いた本作。浅田の慈愛あふれる眼差しに、この映画が持つメッセージが凝縮されている様に思えてならない。　　（中村梢）

批評家コメント

　2020年コロナ禍という大変な困難な中、映画界は上映延期や客席数の半減などにもめげず、全てを挙げられないが、映画『罪の声』や、映画『スパイの妻〈劇場版〉』などの問題作、大作、佳作、秀作に恵まれた年だった。
　選考過程でも、これらの作品に対する言及があった。しかし、大九明子監督の『私をくいとめて』を2020年の監督賞に選出したというところに、日本映画批評家大賞の矜持を感じてほしい。

　大九監督の経歴をみれば、すでに中堅以上の仕事をしていて、いずれも手堅い作品となっている。特に輻輳する女性の心理を描いた文学作品の巧みな映像化に定評がある監督ではあるが、独りよがりに陥ることなく、観客を飽きさせないテクニックの持ち主だと思う。
　それは若いころに自身、舞台を踏んでいたことによる、演者と観客の呼吸のやり取りを自家薬籠中としているところからくるのではないだろうか。いうまでもなく舞台と映画は別物だが、これも受賞理由の隠れたポイントだった。

　本作ではみつ子(のん) の旧友、皐月役を橋本愛が演じているが、ともすれば分かりやすい楽屋落ちになりそうなこの設定が、決して内輪受けに陥ることのないばかりか、作中の爽やかなスパイスに昇華させているあたりに監督の並々ならないない技量がうかがえる。
また随所に使われる特殊撮影が、しつこくならない程度に抑えられている点も評価に値するのではないだろうか。綿矢りさの原作小説は純文学であり、物語自体は深刻で、見えない相談相手など、ちょっと考えると、映画にするのが難しそうだ。しかし、一見映像化不可能と思われる作品のほうが映画にしたとき、意外に成功するものだ。

　ともすれば陰々滅々となるところ、主役にのんを起用することで、三十歳前後の女性が日常的にいだく悩み多き人生の一齣を、悲劇的な展開はあるものの、未来に僅かばかりの光が見えるという、好感度が高いドラマに仕立て上げることに成功して、同世代の女性たちの共感を得た。
　まさしく大九明子監督の『私をくいとめて』は、監督賞にふさわしい作品である。　　（山口正介）

批評家コメント

　『佐々木、イン、マイマイン』はまぎれもない青春映画であるが、青春映画というひと言では片づけられない深さを内包している映画でもある。

　主人公は、俳優になるために上京したけれどなかなか芽の出ない青年。ある日、高校の同級生と再会し、ヒーロー的存在だった“佐々木”の話題になり、佐々木との日々を思い起こすことで、現在の人生に変化が訪れる物語。決して珍しい設定ではないものの、単なる青春映画とは言いたくない理由は、ヒーロー的存在の佐々木の描かれ方にあった。

　「佐々木！佐々木！佐々木！……」という佐々木コールで服を脱いで周囲を笑わせるシーンは、この映画を観た人にとって忘れられないシーンになっているはずだが、そんなふうに人を笑わせる表の顔もあれば、真面目に人生について語る裏の顔もある。みんなの前で注目を浴びて光のなかに立っているときもあれば、心配したくなるような生活を送る影の部分もある。ヒーローの裏側や影をしっかりと描いているからこそ、観る者は大きく共感してしまう。年齢も、環境も、経験してきたことが違っても共感する。佐々木を通して自分自身の個人的な記憶や諦めてきたこと、見ないフリをしてきた感情が呼び起こされる。だから自分ごとのように共感する。

　なぜ、そんな物語を作ることができたのか。この映画ができるまでの経緯を聞くと、共感は必然なのだと納得する。映画のもとになっているのは、佐々木を演じた細川岳が高校時代の忘れられない友人の話をしたことから始まり、細川と内山監督は約2年半かけて脚本を完成させた。俳優を諦めかけていた細川にとってはこれが最後のチャンスという覚悟があり、また内山監督にとっては、23歳で撮った初監督作『ヴァニタス』がPFFアワード2016観客賞を受賞し、そこから次へ進むための覚悟、日の当たる場所を目指す者同士の覚悟があった。だから深い。

　これほどの青春映画を20代で撮った内山拓也監督が、これから先、年齢を重ねた30代、40代に、どんな青春映画を届けてくれるのか非常に楽しみだ。　　（新谷里映）

批評家コメント

　生まれたときに37秒間呼吸が止まってしまったことが原因で、脳性麻痺になったユマ（佳山明）。漫画家のゴーストライターとなった彼女が、自立のために成人向けコミックの原稿を編集部に持ち込むも、自らの性経験が必要と言われ……。
　障害者と性を描いた作品は12年の『セッションズ』（ベン・リューイン監督）などの傑作があるが、それらに並ぶ素晴らしい出来栄えを、この初長編監督作『37セカンズ』で実現してしまったHIKARI監督。新星現る、とはこのことだろう。この作品はベルリン国際映画祭をはじめとする各国の映画祭で絶賛され、HIKARI監督はハリウッドのエージェントとの契約を結ぶほどの存在となった。

　アメリカの南カリフォルニア大学院映画芸術学部で制作について学び、卒業制作として監督した短編『Tsuyako』（11）から各国の映画祭で50以上の賞を受けたHIKARI監督。
　彼女が貫いているテーマは、マイノリティの当事者目線を交えつつ、あくまでフラットに描ききることだ。『Tsuyako』では女性の同性愛、『37セカンズ』では障害者を取り上げているが、特徴はあくまでそれを人の持つ個性として描いていること。色眼鏡は一切なく、エキセントリックな演出もセリフも一切ない。それがいい。徹底して当事者目線に立つべくリサーチを重ね、ステレオタイプなマイノリティ映画にはしていない。

　『37セカンズ』では、障害を持つ当事者の考え方と、親を含む当事者以外がどのように彼らをとらえているか、というギャップが浮き彫りにされ、実に快い。世の中の人々が「普通」と思いこんでいること、「普通じゃない」と思い込んでいること。勝手な思い込みで持っている分断した既成概念は、差別を生み出す原因ともなる。グローバル社会に生きる現代人には欠かせない視点だが、今ひとつ日本ではまだまだそこが足りていない。
　そこになんなく切り込んでいくHIKARI監督は、これからの映画界のリーダーになる素養が見え隠れする。　　（よしひろまさみち）

批評家コメント

　秋田を舞台に、親になることからも、大人になることからも逃げてしまった主人公が、過去の過ちと向き合い、不器用ながらも青年から大人へ成長する姿を描いた『泣く子はいねぇが』。主人公のたすく役に仲野太賀、妻のことね役に吉岡里帆を迎えた本作は、昨年11月に公開されると多くの映画ファンの間で話題を呼んだ。

　監督と脚本を務めたのは佐藤快磨(さとうたくま)。1989年生まれ、映画の舞台と同じく秋田県出身の若き才能だ。是枝裕和主宰の映像制作者集団「分福」に加入し、2014年より映画の自主製作をはじめたという佐藤。本作が商業映画デビューである。

　ストーリーはこうだ。20代後半のたすくは娘が生まれ、喜ぶが、妻のことねは「たすくに父親の自覚が無いこと」を苛立つ。人の親になったとはいえ、大人になりきれていない、子供じみた振る舞いを見せるたすく。そんな時、秋田の伝統行事なまはげ祭に参加したたすくは泥酔し、全裸で街を徘徊。その様子がテレビで全国に映されてしまい、逃げる様に地元を後にし東京に向かう…。

　たすくやことねの環境や状況に共感したり共通点がなくとも、「人はいつから大人になるのだろう」というテーマには、多くの人が痺れる事だろう。「20代ってもっと大人だと思っていた」「30歳って子供の頃はすごく大人に感じていた」。今もどこかで繰り広げられているであろう、そんな会話、ぼやき、つぶやき、そんな“なんだかなあ感”が詰まっているのがこの映画なのだ。

　はっきりと言葉に出来ない感情、もやもやとした居心地の悪さを仲野太賀の見事な演技力と共に表現しているのが佐藤監督の演出。是枝監督が本作の脚本に唸り、企画にも参加しているそうだが、人間描写もとにかく見事。また、閉塞感のある地方の空気感は、地方出身者の筆者としては叫びだしたくなるほどのリアリティを感じた。
　辛いシーンなのだけどどこか美しい、ボロボロなのだけど力強い、そんな相反する2つの要素をオリジナリティあふれるカメラワークで収めた映像美にも注目。佐藤監督が次にどんな映画で私たちをガツンと言わせてくれるのか、楽しみで仕方ない。　　（中村梢）

批評家コメント

　モデル出身の俳優といえば、阿部寛や井浦新など、今では珍しくないどころか、もはや日本映画界を背負って立つ名がずらりと思い浮かべられる。そんな高みを追う若手は続々と現れているが、昨年の『his』での宮沢氷魚を観て、彼が20年代の中核になるのではないかと予感させた。

　元THE BOOMの宮沢和史の長男で、インターナショナル・スクールからカリフォルニア大学サンタクルーズ校に進学し、国際基督教大学に編入・卒業。タレント活動をする両親譲りの淡麗なルックスに、ショーモデルでも通用する長身（184㎝）で、15年に雑誌「MEN'S NON-NO」の専属モデルとしてデビューした。
　だが、もともと俳優志望だったことから、17年のドラマ「コウノドリ」（TBS）で俳優としてのキャリアを始める。そこからはドラマだけでなく、映画、テレビ番組のナレーションなどを経験。なかでも大きかったのは、20年の舞台『ピサロ』だろう。渡辺謙主演の舞台で、インカ帝国最後の皇帝アタウアルパ役を演じたのだが、出てきた瞬間に若き皇帝の威厳を感じさせる神々しさを放っていた。その年の秋にはNHK連続テレビ小説「エール」の出演で、一気にお茶の間での知名度を高めることとなる。

　初主演作の『his』は、そんな転機を迎えた20年のはじめに公開された。今、一番勢いに乗る今泉力哉監督によるヒューマンドラマで、宮沢が主人公の井川迅役を務めた本作。かつて愛し合った男性・渚が、突然娘を連れて現れ、迅と生活をともにすることとなる。同性愛の認知、血縁関係のない家族、といった現代社会で理解が足りていないとされる問題を、やさしいタッチで切り込んだ物語だ。
　彼は、初主演とは思えぬ圧倒的な存在感、心に傷を負いながらも、あくまで他者にはやさしく生きようとする迅のキャラクターを軽やかに演じており、報知映画賞新人賞などの映画賞を獲得済みだ。今後、モデル出身俳優という型には収まらないだろう才能を感じさせる彼には、本賞からもぜひエールを送りたい。　　（よしひろまさみち）

批評家コメント

　実際に起こった少年による祖父母殺害事件に着想を得て、大森立嗣監督がメガホンをとった映画『MOTHER マザー』。第44回日本アカデミー賞にて長澤まさみが初の最優秀主演女優賞を受賞し、涙ながらにスピーチしたことも記憶に新しい。

　長澤演じる母からの歪んだ愛情を受け育った少年を演じたのが奥平大兼（おくだいらだいけん）。本作が映画初出演であり、第44回日本アカデミー賞では新人俳優賞、第94回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞、第63回ブルーリボン賞新人賞を受賞している。

　男たちと行きずりの関係をもち生きてきた母は息子の周平（奥平）に執着し、忠実に命令をこなすことを強いている。食事もままならず、ほぼホームレス状態であり、はたから見ると明らかに酷い暮らしをしている様に見える親子の2人。さらに途中から幼い妹も加わる事で、悲壮感が増していく。社会福祉士や周囲の人が手を差し伸べても拒否して、生活を立て直そうとはしない。観客の頭には「なぜ？」「どうして？」疑問が膨らむが、＜本当の所は当人にしか分からない＞当たり前の様な答えが鋭く胸に突き刺さる。

　奥平が演じた周平は学校に行かず、常に長澤まさみ演じる母親の秋子と一緒に過ごし、秋子が金銭的に困った際には悪事も働いている。母に翻弄されながらも、母しかいない彼は必死にしがみつく。幼い子供の様な表情を見せたかと思えば、長い前髪からのぞく目は恐ろしいほど冷めていたり、言葉数は少ない周平の一挙手一投足から目が離せないのだ。

　中学生でスカウトされ芸能界デビューし、美丈夫なだけでは無く素晴らしい存在感を見せてくれた奥平。これから出演する作品でも「この子は誰」と世間をざわつかせてくれる事は間違いないだろう。　　（中村梢）

批評家コメント

　舞台は用意され、既に幕は上がっていた。この映画を通して、私たちは服部樹咲という一人の女優が誕生する瞬間に立ち会うことができた。
　内田英治監督はオーディションで目にした彼女を「一果役はこの子だ」と直感したという。正に作品に運命をもたらす出会いだと言えるだろう。想像するだけで鳥肌が立つ。　　　
　演技経験ゼロ、周りは表現豊かな実力派の演技者揃い、この撮影環境の中でなぜあれほどに役を生きられたのか。勿論、内田監督の熱い指導もあると思うが、服部樹咲という存在感はもう作中で演技を超えていた。

　服部樹咲は４歳からバレエを習い始め、様々なコンクールで第1位、第2位という輝かしい成績をおさめてきた。作品でみせるバレエの腕前はもちろんながら、共演した草彅剛も撮影当時、弱冠13歳だった彼女の放つ「凄いとしか言いようのない輝き」に驚いたという。

　『ミッドナイトスワン』は2020年を代表する1本であるとともに、内田監督のまさしく代名詞といえる作品になったのではないだろうか。５年という歳月をかけて編み出された、監督自身によるトランスジェンダーに光をあてたオリジナル脚本は、他に類をみないキャスティングで見事に作品として結実した。
　服部樹咲演じる親からネグレクトされ傷を負った少女「一果」、そして新宿で生きるトランスジェンダーを演じる「凪沙」役の草彅剛。二人の伏し目がちな眼差し、おぼつか無い足取り、そんな二人の人生の行方を私たち観客も一緒に彷徨うかのように映画の世界に吸い込まれた。

　一果は自分に関わる人々の様々な愛のかたち、その思いを背負いながら葛藤し自分を探していく、自分が変われば見えてくる景色も変化していくように、彼女は光が射す世界へと歩み始める。印象的だったのは、一果の存在が一条の光となり、その光に包まれた海辺でのシーンだ。服部樹咲は映画初出演ながらも一果というパーソナリティをしっかりと演じきっていた。

　幼少時から養ってきた類まれな身体能力と豊かな感受性を軸に、言葉にしなやかな筋肉をつけ、日本の女優として、表現者として国内外で羽ばたいてほしい。　　（續久仁子）

批評家コメント

　生まれた時に37セカンズ=37秒呼吸が止まっていた為に、脳性麻痺の障害者となってしまった主人公のユマ。リアリティのある漫画を描く為に、セックスワーカーの世界を覗いた事から、様々な出会いを経て変化していく様を描いたヒューマンドラマ『37セカンズ』。

　ロサンゼルスを拠点に活動するHIKARI監督の長編デビューである本作。主演のユマ役に抜擢されたのは、自身もユマと同じ様に、生まれた時に数秒呼吸が止まっていた為に脳性麻痺となり、本業では社会福祉士として働いている佳山明だ。

　「障害のある役柄を健常者が演じることに違和感があった」というHIKARI監督の考えから、100人以上が参加したオーディションが行われ、ユマ役を勝ち取った佳山明。当初、脊髄損傷を負った女性という設定だったものを、佳山とのディスカッションの中で、彼女自身の人生の経験に沿った脚本に変更したという。

　手足が自由に動かず車椅子で生活しているユマと、同じ様に車椅子を使用している佳山。演技未経験であり、本作が映画初出演・初主演の佳山だが、人生への葛藤、母親とのすれ違い、未知の世界への挑戦など、難しいシーンの連続も堂々と演じきっている。

　娘への心配が過ぎて、異様なほど過保護に接してくる母親。23歳なのに洋服まで母親が選び、ユマの表情からは好みでは無いものを着させられている様に見える。自宅を出て、臆する事なく1人で電車に乗り、仕事に出かけるユマの姿は自立した大人であり、その瞳には様々な感情が渦巻いている。実際に佳山は13歳で寮に入り、一人で生活しているとの事で、本作で描かれている家族との関係性には佳山自身の生い立ちや意見が取り入れられているのだろう。

　この映画には障害者が感じる周りからの視線といった事柄だけでは無く、能力や才能の搾取、強い立場から弱い立場へのパワハラといった、現代社会が抱えている様々な問題が描かれている。障害者の苦悩を見せる事が目的なのでは無く、ユマという一人の女性が何を考え、自分の人生をどう生きていくのか。佳山にしか演じられない強く真っ直ぐなユマの魅力は観客に不思議なパワーを与えてくれる。何より私はユマの笑顔が大好きだ。　　（中村梢）

批評家コメント

　名女優ラッシュの日本映画界に、目を離すことのできない女優が、また一人現れた。
　『瞽女 GOZE』で実在の瞽女（ごぜ）である小林ハルを演じたのは、2012年全日本国民的美少女コンテストでグランプリに輝いた吉本実憂。この映画を観る前は、明治時代に生まれた盲目の女旅芸人と今どきの美少女ではイメージのギャップが激しいと感じたが、彼女の持つ凜とした佇まいが、そんな杞憂を見事に吹き飛ばしてくれた。

　吉本実憂は1996年、北九州で生まれる。小学校時代は地元の祇園太鼓に参加。上京後、第13、14回の美少女コンテストのファイナリストで構成された次世代ユニット「X21」のリーダーとして活動するも、4年後に卒業。「軍士官兵衛」（栄姫）や「とと姉ちゃん」（ヒロインの姪）などのNHKテレビドラマに出演。映画では『ゆめはるか』（14・五藤利弘監督）に出演、『罪の余白』（15・大塚祐吉監督）でも重要な役を演じている。『透子のセカイ』(20・曽根剛監督)ではニース国際映画祭で最優秀外国映画主演女優賞を受賞。これだけのキャリアがあるのに新人と呼ぶには申し訳ない気もするが、まだ25歳で６年振りの主演ということを考慮して、新人賞を授与することとなった。

　最後の瞽女と呼ばれ、壮絶な人生を歩んだ実在の人物を演じ切るために、吉本は三味線を弾きこなし、迫力満点の唄声を披露しなければならない。そのために血のにじむような稽古を重ね、一切の吹き替えを使わず、最後まですべてを自分でやりとげた。繊細で愛らしい顔立ちとは打って変わって、図太い根性が備わっているようだ。『レディinホワイト』(18・大塚祐吉監督)では、役作りのために、体重を５キロ増やしたというエピソードも伝わっている。
　この映画では、逆恨みをされた手引き役から、女性器を傷付けられるシーンの撮影の直前に、立っていられない程の腰痛に襲われ、もうろうとした意識の中で本番に挑んだという憑依型の女優でもある。
　「芸能界に入ってから負けず嫌いになったかも」と語り、歌、踊り、アクションをこなす吉本実憂。まだまだ伸びしろはありそうだ。　　（島敏光）

批評家コメント

　『ムヒカ世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』は、フジテレビディレクターの田部井一真氏の情熱が周りを動かし、映画という形になった。

　ホセ・ムヒカについては世界各国で報道されているが、この作品で映し出されるのは、ムヒカがどんな人物であるのか、取材で分かった事実や彼の歴史だけでなく、ムヒカが思う幸せについて、意外にも日本と深い関わりがある事実について、そして何よりも、田部井監督自身がムヒカと出会って受けたその感動を多くの人に伝えたいという情熱だ。個人的な想いを作品にする難しさはもちろんあっただろうけれど、情熱が目に見える、そんなドキュメンタリーになっていることをまず称えたい。

　実は同時期にもう1本、エミール・クストリッツァ監督によるムヒカのドキュメンタリーが公開されている。クストリッツァ監督はムヒカを腐敗していない政治家として、大統領の任期が満了するまでを追いかけた。一方、田部井監督が捉えたのは大統領退任後のムヒカだ。2012年リオデジャネイロで開かれた国連会議でのウルグアイ大統領ホセ・ムヒカのスピーチに感動し、その後、ピンチヒッターとしてテレビ番組の取材でムヒカの直撃取材をしたことをきっかけに、田部井監督は何度も取材を申し込み、ウルグアイを訪れ、来日交渉し、彼を取材し続けた。

　2016年、日本を初めて訪れたムヒカが、日本を目にして語るひと言ひと言は、どれも心に留めておきたい言葉ばかりだった。政治に期待をしなくなってしまった日本人に、本当の幸せを説くリーダー像として、ホセ・ムヒカは日本人の記憶に刻まれたのではないだろうか。政治家としてのムヒカを追いかけるだけでなく、日本と関わりの深い彼の人間的な部分に焦点を当てていること、日本的アプローチもとても良かった。本当の幸せを忘れかけている今の日本人に、本当の幸せとはどういうことなのかを説いてくれた、気づかせてくれたムヒカ。彼のその言葉を丁寧に映し出した、とても温かく希望が持てるドキュメンタリーである。　　（新谷里映）

批評家コメント

　八代健志監督の率いるチーム「TECARAT」によって描かれるストップモーション・アニメーション『劇場版ごん - GON, THE LITTLE FOX -』。誰もが知っている児童文学「ごんぎつね」（作：新美南吉）の物語であるのに、どうしてこんなにも優しいのか、こんなにも哀しいのか、そしてこんなにも美しいのか──。映し出される原風景と、そこに生きる人間と動物の人生に、ひたすら感動してしまう28分のショートフィルム。長編作品という選考基準には満たないまでも、その素晴らしさゆえの授賞となった。

　いたずら好きの“ごん”は、ある日、兵十（ひょうじゅう）が獲ったうなぎを川へ逃がしてしまう。そのうなぎは、病気の母親に食べさせるためのうなぎで、しばらしくして母は亡くなり、落ち込む兵十。そんな兵十をみて、“ごん”は毎日、彼岸花を添えて栗や松茸をこっそり届けるのだが……。

　人形と美術制作に1年、撮影に10ヶ月。ストップモーション・アニメーションがどれほど大変な作業であるか技術的なことは省かせてもらうが、映画を観て驚いたのは、自然の描写の圧倒的美しさだ。特に、川のせせらぎや水たまりといった水の描写、野原一面に広がるススキや彼岸花の描写は、自然の本質をみごとに捉え、本物以上に本物感を伝えている。

　もう一つの驚きは、子ぎつね“ごん”を2つの視点で描いていること。人間から見た“ごん”は四足歩行の獣として描かれる一方で、“ごん”が人間の世界を見ているときは人間と同じ二足歩行のキャラクターとして描かれる。“ごん”の描き方を変えているのはこの映画の大きなオリジナリティだ。また、2つの視点で描くことで、“ごん”と兵十は、本当は解り合えたはずなのではないか、なぜ対立しなければならないのか、分断ではなく共存というメッセージが加わり、大人にも響く、いや大人にこそ響くアニメーションとなったのではないだろうか。

　そのメッセージを強く感じるのはラストシーン。それまで獣を仕留めることをためらっていた兵十が、引き金を引き“ごん”の命を奪ってしまう。原作と同じ哀しい結末ではあるが、他に方法はなかったのか、命について考えよ、対立は何をもたらすのか考えよ、そんな現代社会への警鐘も感じる、素晴らしいアニメーションだ。　　（新谷里映）

批評家コメント

　まさにネット社会の「羅生門」。一枚の布団がキッカケとなっていがみ合う二つの家族。母親であり小説家である主人公は、たび重なる隣人のいやがらせをネタに、ペンで立ち向かう。その様子はネットでバズり、いつしかそれはマスコミを巻き込んでの大事件に発展していく。
　この脚本、監督を務めたのは天野千尋。５年間のOL生活の後、自主映画を撮り始め、2009年の中編『賽ヲナゲロ』がぴあフィルムフェスティバルに入選。その後も『フィガロの告白』（12）等、数多くの個性的な作品を生み出し国内外で数々の賞に輝く。そのすべての映画で脚本・監督を担当している。

　主人公はどこにでもいそうな平凡な主婦と小学校に通う可愛らしい女の子。そして隣に住む陰険なおばさん。スクリーンには騒音をまき散らす隣人に心を悩ませるいたいけな母娘の姿がリアルに写し出される。この母娘はどうやってこの苦境を乗り越えるか、どう反撃に出るのかと固唾を飲んで見守っていると、映画の視点は意外にも迷惑おばさんサイドに変化していく。そこからは思いがけないもう一つの真実が見えて来る……。

　天野監督は「人と人とのディスコミュニケーション、対立の構造を描きたかった。他人同士のケンカは第三者から見ると常に興味深い」と語っている。
　確かに他人のケンカは面白い。当人にとっては何ともいまいましい現象を、したたかな脚本に落とし込み、新感覚のエンターテインメントに仕上げている。女の戦い、小さな誤解を柱に、謎解きの面白さが加わり、ストーリーはぐんぐんと加速。日常からかけ離れたカオスを経て、驚きと優しさに満ちたラストシーンが用意されている。

　最近では、若者人気のコミックス等に押され、すっかり影の薄くなったオリジナル脚本の快作が登場したことは、昔ながらの映画ファンにとって何よりもうれしい。
　「常に自分が監督する映画の脚本を書く」とキッパリ言い切る天野千尋。
　このままどこまでも脚本を書き続け、多くの映画を撮り続けてもらいたいものだ。　　（島敏光）

批評家コメント

　入江悠監督のキャリアは、長編デビュー作『JAPONICA VIRUS ジャポニカ・ウイルス』（06）に始まり、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭、オフシアター・コンペティション部門でグランプリを受賞した『SR サイタマノラッパー』（09）で期待の新人として注目を浴びる。その後は『SR サイタマノラッパー』シリーズを制作しながら、『22年目の告白 −私が殺人犯です−』（17）など、いわゆるビッグバジェットでも経験を積んできた。

　『AI崩壊』は、入江監督がプロデューサーと共に一から物語を創り上げた完全オリジナル脚本作品だ。人気の漫画や小説を実写として観てみたい、という映画化ももちろん意味はあるが、原作のないオリジナルであるからこそ、どんな設定なのか、どんな物語なのか、どんな結末なのか……、知らない作品と出会う面白さがオリジナル脚本にはある。しかも『AI崩壊』は、日本映画が不得意とされる近未来SFのジャンル。しかしながら近未来を舞台にしたサスペンスは入江監督にとって念願の企画。自主制作では予算や規模感的にやりたくてもやれない題材に挑戦できる絶好のチャンスでもあった。

　日本では不得意とされるジャンルをどう描くのか──人工知能を題材にした映画は『ブレード・ランナー』や『ターミネーター』をはじめ、もう新しいものは描けないのではないか……とも思われているが、入江監督が着目したのは、もはや映画では古典となりつつあるAIの前日譚、開発の物語にするということだ。

　脚本にかけた時間は約1年。人工知能学会に入会し、東大の教授や電機メーカーのAI担当者に取材を重ね、日本人の生活に密着したリアリティを感じる近未来の日本を創り上げた。2030年、天才科学者によって開発された医療AI「のぞみ」は、人々に寄り添い、人々の生活を支えるはずだったが、突如暴走。人間の生きる価値をAIが選別し、人間の殺戮を始めてしまう危険な暴走だ。先に挙げたタイトルと似てはいるものの、医療という私たちの日常生活にあるシステムとして取り入れることで、リアリティが生まれる。こういう方法で近未来を描けるのか！と、日本映画の可能性を『AI崩壊』は広げてくれた。　　（新谷里映）

批評家コメント

　李英美が編集を手掛けた『スパイの妻』は様々な視点において注目された作品だった。まず17年ぶりにヴェネチア国際映画祭で日本人監督・黒沢清が銀獅子賞(監督賞)を受賞したニュースは記憶に新しい。そしてこの作品、BS8Kドラマ放送を前提としたオール8K撮影。しかも、いわゆる黒沢組の演出・美術スタッフと、NHKドラマの撮影技術スタッフとの協同作業によって生まれたものである。
　新しい技術の導入、しかも映画とドラマという畑違いのスタッフ同士による、様々なコンフリクトが起きても仕方がないような環境で、彼女の編集作業はさぞかし厳しいものであったろうと想像する。

　今作の舞台は太平洋戦争突入前夜の1940年代という（黒沢監督作品としても初となる）時代物である。強い絆で結ばれていたはずの夫婦が、時代の荒波のなかでいつしか騙し合いに転じていく様が、光と影、信頼と裏切りといった黒沢作品らしい相反する要素を織り交ぜながら描かれる。
　台詞は現代劇とはまったく異なるクラシックな言い回し、美術、照明、撮影カットまで細部にこだわり抜かれた各テイク。冗長になれば嫌らしくなりそうなところを、李英美は絶妙な編集バランス感覚で見事にひとつの作品に纏め上げた。

　李英美は日本映画学校を卒業後、映画やテレビドラマで数多くの編集を手掛けてきた。その実績は『監督失格』（11・平野勝之監督）のドキュメンタリー、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版：Q』（12・庵野秀明総監督）のアニメからドラマ作品まで実に幅広い。
　彼女が編集に携わった作品のリストを見ると、多方面の監督から信頼される編集スキルと感覚、そして着実な仕事ぶりをうかがうことができる。

　8K撮影の画は精細で美しいが、フィクションを描く映画には生々しすぎるという悩ましさを抱えているという。この『スパイの妻＜劇場版＞』はこれからの時代のエポックメイキングな作品になるのか。いずれにせよこの意欲作に携わった李英美は、来るべきこれからの映画の可能性が見えているに違いない。これからの彼女の仕事にますます期待したい。　　（山口正介）

批評家コメント

　『ミッドナイトスワン』の音楽を担当する渋谷慶一郎は、この映画のために14曲を書き下ろした。なかでもメインテーマ「Midnight Swan」は、映画のタイトルが意味する、真夜中の暗闇のなかで美しく生きようとする白鳥の羽ばたきをピアノで映し出す。映画を観て、この曲を一度耳にしたら忘れることのできない、美しさ、儚さ、そして力強さを感じる曲だ。

　渋谷慶一郎が紡ぐこの映画音楽は、単調のようで複雑。真夜中の暗闇に浮かび上がる透明感、美しいメロディに紛れるいびつさ、どこか相反するものが緻密に重なりあってメロディとして形を成して流れてくる。耳に残るというよりも記憶に残る、そんな曲ばかり。

　映画音楽は、登場人物の心情を代弁したり、喜怒哀楽の抑揚を表現したり、そのシーンの風景を想像させたり、役割をもってそのシーンに寄り添いながら存在する。この映画は、女性として生きるトランスジェンダーの凪沙（なぎさ）と、実の親から虐待され愛を知らずに生きてきた一果（いちか）、それぞれ孤独に生きてきた2人が一緒に暮らし始めることで、あたたかな愛が生まれるラブストーリー。凪沙役の草彅剛が、一果役の服部樹咲が、言葉ではなく身体で表現したセリフが音楽に変換され、どの曲からも2人の心情、2人の置かれた状況が伝わってくる。

　凪沙と一果の感情は決して単純ではないからこそ、彼女たちの複雑な心境がピアノの奏でるメロディ−と重なり、哀しいシーンはより哀しく、切ないシーンはより切なく、2人が心を通わしていくシーンはより感動的に感じる。そんなふうにぴたりと彼らに寄り添う、彼らの身体に入り込む音楽になっているのは、渋谷慶一郎自身が完璧にこの映画を理解していたからだろう。

　名作には名曲ありと言われるが、『ミッドナイトスワン』も例外ではない。そのテーマ曲が流れるとワンシーンが浮かび上がるように、涙があふれたシーンの音楽を聴くと何度でも涙が流れるように、メインテーマ「Midnight Swan」を聴くと、凪沙と一果が教えてくれた“生きること”の意味を思い出す。映画と完璧に一体化した素晴らしい音楽だ。　　（新谷里映）

批評家コメント

　この老舗の小さな映画館が、並み居る映画ファンに与えて来た影響は、計り知れない。
　新文芸坐の前身となる人世坐が池袋に姿を現したのは、日本人が娯楽に餓えていた戦後間もない1948(昭和23)年。その姉妹館の一つとして1956年に文芸坐がオープン。
　お披露目に登場したのは『七人の侍』（54・黒澤明監督）。この後は洋画を中心にした名作、話題作を次々と上映。ロードショーを見逃した人のための良質な二番館としての地位を固めていく。ところが当時のオーナーはさらなる土地の有効利用を考慮し、1997年に閉館を決断。ここからまた一つ新たなドラマが始まる。

　映画を愛して止まない閉館時の支配人・永田稔が次の一手のために奔走。若手のスタッフもまた再建を信じ、様々なアルバイトで食いつなぎ、復活の日に備えていた。現在の責任者の一人である関口芳雄はその時の様子を「討ち入りを待つ赤穂浪士みたいな気分」と語っている。そして、３年半の時を経て2000年には、小津安二郎の誕生日であり命日である12月12日に文芸坐は「新文芸坐」として蘇る。現在も数少ない名画座の一つとして、真の映画ファンに満足してもらうというこれまでのコンセプトを踏襲しつつ、新機軸を次々に打ち出している。
　驚くべきはその上映作品の数。新型コロナウィルスの影響をもろに受けた去年を除けば、毎年700本以上の作品を上映。大型のシネコンでもとてもこれだけの本数をこなすことはない。それをたった一館で達成している。出演者、監督を招いての多彩なトークショーも目玉の一つ。ユニークなところではどんなに声を出して騒いでも構わないという「応援上映」も好評を博している。
　上映作品は往来の国内外の名作と流行の新作をごちゃまぜにして新旧の映画ファンを取り込むための必死の努力を続けている。

　人世坐、文芸坐から引き継いで、独自の視点による番組編成で、「街の中の映画学校」と評価され、今も多くの映画ファン、映画人を育て、映画の普及と発展に大いに貢献した新文芸坐は、池袋のストリップ劇場とソープランドにはさまれ、文化の薫りを振りまいている。こんな映画館がいつまでもこの国に存在しつづけることを心から願って止まない。　　（島敏光）

批評家コメント

　もともと演劇演出家であったチェ・ブラムが演技の道に転じたのは、自身が演出していた芝居の代役として舞台に立ったのが契機であった。その後、軍隊生活を経て、1967年、KBS二期タレントとしてデビュー。初めての役は李朝初期の老将軍。60代の役を27才の彼は見事に演じ、以来、「第一共和国」の韓国初代大統領、李承晩を好演するなど老け役を得意としてきた。

　韓国文化放送（MBC）に移籍後、70年代を代表する本格的刑事ドラマ「捜査班長」で一躍韓国のお茶の間に欠かせない人気者となった。今では考えられないことだが、彼がドラマの一シーンで煙草を吸う決めポーズは有名で、当時の大統領がテレビを見ながら同じタイミングで煙草に火を付けていたというお茶目な逸話が伝わっている。
　映画出演も多く、ペ・チャンホ監督の切ない初恋物語『楽しき我らが若き日々』でアン・ソンギ演じる純情青年を男手一つで育てた心優しき老父を、イ・チャンホ監督の名作『風吹く良き日』では悪役ではありながら、どこか憎めない土地成金など存在感あるバイプレイーには定評がある。

　そして、彼の「韓国の父」と呼ばれるイメージを決定づけたのは、紛れもなくドラマ「田園日記」によるものだ。大家族の父親として、時には厳格、実直でありながらも情に脆い、いわば「古き良き韓国のお父さん」のキャラクターは大好評で、80年から何と22年にもおよぶ記録的長寿番組となった。ただ、その長い歳月の間、急激に変わっていった韓国の世相と、「田園日記」におけるいつまでも変わることなきチェ・ブラムとのイメージギャップをネタとした抱腹絶倒もののギャグ、いわゆる「チェ・ブラムシリーズ」と呼ばれるものが若者たちの間で、密かに流行した。このことを知った当初、本人は一時、大変困惑したものの、受験勉強でなどで苦労している若者たちに自分のネタが良質の笑いとして、ある種の清涼剤的な役割になるのであればと、自分のキャラクターの使用を快く無償で承諾。その後、彼本人が「チェ・ブラムシリーズ」のコントを演じることすらあったという。

　最後に、日本とのつながりでは、東日本大震災に心痛めた彼は、日韓交流コンサートを開くなどを通じ、かつてより地方都市交流で縁あった福島の人たちを大いに勇気づけた。これは「チェ・ブラムシリーズ」を快諾したのと同様に彼の優しい人柄を知る心温まるエピソードの一つではないだろうか。　　（青木謙介）

批評家コメント

　役者における存在感とは、演技の積み重ねから生じる一種の空気感を指すものなのか、それとも、持って生まれた天性ともいえる人柄からくるものなのか。火野正平と同時代を共に歩んできた人間にとって、彼の俳優人生は常にこの「存在感」との戦いであったような気がしてならない。

　1949年生まれの火野正平は、本名の二瓶康一名で劇団こまどりに所属、フジテレビの子供向け番組「少年探偵団」（62）でデビュー。当時はまだ13歳だった。それから数々のテレビドラマに出演。
　子役のイメージから脱却し、軽妙な演技で人気を博するようになるきっかけが、1973年のNHK大河ドラマ「国盗り物語」の秀吉役だった。ちょうど二瓶から火野に改名した転機でもある。そしてこの翌年には『俺の血は他人の血』（舛田利雄監督）で映画初主演を務めた。火野正平25歳のときである。まだまだ軽妙洒脱な今のようなイメージとは程遠かったが、この映画初主演、そして3年後の『やくざ戦争・日本の首領』（77・中島貞夫監督）との出会いで自らの俳優人生を模索できたのではないだろうか。
　
　何を捨て、何を拾うのか。やくざ役、何役という時代もあっただろう。しかし今では役というものを超えて、まるで演技をしていないかのように自然体でカメラの前に火野正平という「存在感」として立っている。現代の役者のなかに、真実の役者の匂いを教えてくれる人がどれ程いるだろうか。

　70歳を超えた今でも、最近作『罪の声』ではその存在感を存分に発揮してくれている。NHK BSの「にっぽん縦断こころ旅」のような紀行番組ももちろんだが、映画ファンとしてはこれからももっと映画に出て欲しい。火野正平と同じ空気を吸い、会話を交わすことが、台詞や台本以上に大きいものをこれからの若い監督や俳優たちにもたらすであろうからだ。　　（川村蘭太）

批評家コメント

　田中裕子には、じつは19年の『ひとよ』（白石和彌監督）でゴールデン・グローリー賞に推薦したかった思いがあった。あのときの彼女の芝居が圧巻だったからだ。
　夫のDVから子どもたちを守るために犯した犯罪を償うため15年の刑期を終え、家庭に戻った女性・こはるを演じた彼女。長い刑務所での暮らし、迷惑をかけた子どもたちへのやるせなさなど、複雑な気持ちを抱えて疲れ切ったこはるが、ファーストシーンからそこにいたのだ。これが圧倒的。物語の歯車を一気に動かしたのを感じ、「あぁ、彼女にはこういう役も自在にできるのか」と舌を巻いたのを覚えている。

　だが、そこであわてずよかった、といえるのが、本賞に今回選ばれた『おらおらでひとりいぐも』（沖田修一監督）だった。あまりにも自由、あまりにも温かく、それでいて人生を積み重ねた重みをどっしりと感じさせる芝居。見事だ。
　上京して55年。子どもを送り出し、夫と平穏な日々を送ろうとした矢先に、突然一人ぼっちになってしまった桃子を演じた本作。桃子の心のなかで芽生えた寂寞感が擬人化し、三人の「寂しさ」として同居を始めるという、不思議な設定のファンタジーだ。
　濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎の三人が演じる桃子の「寂しさ」とのアンサンブルはもちろん、主軸を担う桃子役の田中裕子の可愛らしさが際立つ。ほっこりしたタッチのコメディには定評ある沖田監督の相性もよかったのだろう、この桃子の芝居は今の田中裕子にしかできない刹那を切り取った希少性を感じた。

　近年は本作や『ひとよ』、NHKの特集ドラマ「太陽の子」（20）などにみられるように、若手とのアンサンブルによって新たな光を放っている田中裕子。これは他のベテラン俳優にはない存在感といえるだろう。なにより、心から楽しんで芝居をしていることが、スクリーンからじんじんと伝わる本作で、この賞をお渡しできるのは、我々の喜びでもある。　　（よしひろまさみち）

批評家コメント

　私たちが歩んできた30年という場所から見返してみれば、亡くなられた方に賞を差し上げるのは、実は今回が初めてのことです。しかしながら大林宣彦という映画監督は、このダイヤモンド大賞を受け取ってもらわなくてはならない人だと思います。
この賞を過去に受賞された市川崑監督は、「大林くんはね、いくつになっても映画少年だからね」と仰った。この言葉が私にはとても重たく感じられたものです。

　大林監督の代表作といえば「尾道三部作」だと皆さんは仰いますが、私は大林作品の凄さというものは、実はこの三部作後にあるような気がするのです。
　例えば『なごり雪』（02）という作品。これは地方のとある町を舞台にした男の子と女の子のラブストーリーですが、舞台となる町が大林作品とコラボレーションするように、映画の中でその魅力を花開かせていく。ここに大林作品のダイナミズムがあります。
　『なごり雪』では大分県の小京都と呼ばれる臼杵の町を見事に開花させたばかりか、映画の着想を得た伊勢正三の同名歌謡曲が生まれたこの地で、その世界観までをも描き切った。大林監督はロケ地と出演者を一つにつないでドラマを繰り広げる天才ではないでしょうか。

　大林監督は『転校生』(82)で映画界に衝撃を与えましたが、当時はある意味、日本映画界にとっては暗い時代でした。そんな中で大林監督が精力的に繰り広げてくれた「大林ワールド」は、我々映画人にとって大きな意味を持つものになりました。
　そして人生の後半にかけていくにつれて、大林監督はどんどんと少年になっていく。そんな監督ご自身と素晴らしい作品の数々が、日本映画らしさとは何かを雄弁に語ってくれているような気がします。
　舞台の町も役者も監督も、そしてスタッフも映画に関わる誰しもが一つになっていく、そんな大林監督が作ってくれた映画世界をこれからも愛していきたい。そして、永遠の映画少年に「ありがとうございます」という感謝の言葉とともに、このダイヤモンド大賞を捧げます。

　“大林さん、大好きで仕方がなかったジョン・フォード監督と一緒に、きっと天国で映画を作っていることだと思います。どうかお二人で仲良く、存分に映画を作り続けてください”　　（日本映画批評家大賞機構）

第30回

作品賞

「星の子」

主演男優賞

主演男優賞

主演女優賞

助演男優賞

助演女優賞

監督賞

新人監督賞

新人監督賞

新人監督賞

新人男優賞（南俊子賞）

新人男優賞（南俊子賞）

新人女優賞（小森和子賞）

新人女優賞（小森和子賞）

新人女優賞（小森和子賞）

ドキュメンタリー賞

アニメーション作品賞

脚本賞

脚本賞

編集賞（浦岡敬一賞）

映画音楽賞

特別賞（松永武賞）

国際審査員特別賞

ゴールデン・グローリー賞（水野晴郎賞）

ゴールデン・グローリー賞（水野晴郎賞）

ダイヤモンド大賞